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2012年5月30日

人質の朗読会(小川洋子)


地球の裏側の名もない村からもたらされたのは、日本から遺跡観光に出かけた人たちが拉致されたという衝撃的なニュースだった。そして、事件から100日以上経過したとき、犯人そして人質全員が死亡するという悲劇的な結末が訪れた。命を落とした人質8人が遺したものとは・・・。

今はすでに亡くなってしまった8人。その8人の声がテープから聞こえてくる。静謐な時間の中で、それぞれが自分自身のことを冷静に語っている。幼い頃の思い出を語る人、人生の転機になったできごとを語る人、自分が遭遇した不思議な体験を語る人・・・。彼らはどんな想いで語っていたのだろう。少しは未来に希望を持っていたのだろうか?けれど、読み手である私は知っている。朗読している人たちに未来がないことを。いつもの日常生活に戻れないことを。その過酷な現実が、心に突き刺さってくる。胸が痛い。
彼らがどういう状況下におかれていたのかについては、まったく描写がない。けれど、描写がない分、よけいに悲惨さや哀切さが強く伝わってくる。今はいない彼ら。朗読会の声だけが、彼らの生きていた最後の証だなんて悲しすぎる。人は生きなければだめだ。生きて生きて生き抜かなければだめなのだ。どんなことがあっても。そのことを強く感じた。「命」について考えさせられた、余韻が残る作品だった。

ゆこりん : 18:08 | 作者別・・おがわようこ