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2012年9月 9日

水の柩(道尾秀介)


老舗旅館「河音屋」の長男・逸夫は、退屈な日常生活に飽き飽きしていた。そんな逸夫に、同級生の敦子が声をかけた。「手紙を書き直して、タイムカプセルの中に入っている手紙と取り替えない?」彼女はなぜそんなことを言ったのか?彼女の真意が分からぬまま、逸夫はそれを実行に移すが・・・。

一見、普通に生活している人たち。その人たちの心の奥底には、いったい何が隠されているのだろうか?笑顔の裏に貼り付けられた悲しみ、誰にも言えない秘密、他人には知られたくない慟哭・・・。生きるということは、つらいことばかりではないはずだ。なのに、この作品を読んでいると胸が痛くなってくる。逸夫の祖母いくの気持ちや逸夫の同級生の敦子の苦しみが、鋭い針となって心に突き刺さってくる。「そんなに自分を押さえつけなくていいんだよ。」いくに、敦子に、そんな言葉をかけてやりたくなる。だが、人間は弱いばかりではない。どん底から這い上がる強さも持っているはずだ。さまざまな苦悩や葛藤を乗り越えた者・・・。それらを忘れ去ってしまった者・・・。どちらの生き方にも切なさが漂う。ラストは、涙がこぼれた。そして、この作品のタイトル「水の柩」がとても深い意味を持っていることを知った。きらきら光る水面のまぶしさや、静謐な水底の風景。それらが目に浮かぶようだ。読後も、強い余韻が残った。おだやかで心に染み入るような感動を与えてくれる、とても面白い作品だった。

ゆこりん : 14:50 | 作者別・・み他